甘やかな螺旋のゆりかご
心で呟いたそれは、どうやらひとりごちていたようで。音になったあとそれに気付いた。
「…………」
「…………」
「……パパが、すでに私以上にリアルに考えてて、ちょっと引いた……」
「……パパもだ。ああ吃驚」
時すでに遅し。それなりに、どうやら愛着は沸いてしまっていたようだ。
キモいキモいと叫びながら娘が俺から離れていく。確かに、ちょっとキモかったか。
誘導されるように思い知らされた己にショックを受けて立ち直れないまま谷底に落とされる。しかも娘からなんてナンダコレ。今日は眠れないな。酒だ酒。
「私も帰るね。次に来たとき、犯罪者になってないことを祈るわ」
「なるかよっ」
「いい? あくまで合意の上だからね。歳のわりにバカっぽいパパをキモがらずにスルーしてくれるようなお嬢さん。逃がさないでよ」
「なんねえよ」
「あっそ。じゃあね、パパ」
「気を付けて帰れよ。父の日ありがとうな」
二階の窓から見た空はそろそろ日が沈む頃で、いつもそれを心配する俺に、娘は帰宅後連絡すると心得た一言を添えて帰っていった。
一人の事務所。内側から施錠して、本日の営業を終了とする。
ふと、下ろした視線の先は事務員デスクと電話のあるところで、デスクの奥には、値の張るペンが置かれていた。珍しい。いつもは必ず持ち帰るものなのに。
兄から就職祝に貰ったと表情を変えずに言っていたお嬢さんは、それを取りに引き返してくるだろうか。
――いや。今日はないか。兄貴も今日はきっと、早く帰宅するだろう。貰ったものより生身がいいだろうと思うのは短絡的かもしれないが。
馬鹿だな、あいつは。もうずっと。
いじらしい。凛といようとしている。アンバランス。全てが相まって、きっとあのお嬢さんは綺麗なんだろう。皮肉なことだ。
泣かないといいと思うくらいの愛着はある。それくらいでいいのだ。
乗りかかった舟だ。降りていかないうちは、その人生の否定はしないでいてやる。
――END――