【番外編】 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~
足音が近付いて来る。
早くしないと、殺される...。早く、早く...。
心臓の音が耳元で聞こえている気がする。

ぼくは思わず目を閉じた。殺られる側というのは、ぼくにとって恐怖心が強過ぎる。
怖い...怖いよ。

足音がすぐ傍で止まった。生理的な涙が溢れ出る。
だが、足音は其れ以上近付いて来る気配が無い。
まだ恐怖心が心の大半を占めていたが、疑問を感じて薄く目を開いた。
もしかしたら、セルリアやドールかもしれないと言う希望があったからかもしれない。
とにかく今は、希望に縋りたいんだ。


「立ち止まって、しまっては...危ないですよ。」


如何やら現状はぼくに優しくないようだ。
よりによってぼくを殺しに来ている奴が、目の前に居るなんて...。
ベティも男の存在に気付いたようだが、男を凝視したまま固まっている。


「嫌よ...嫌よ!!もうエトワールは渡さないわッ!!!!」

「エトワール...?はて、誰の事かな?」


男はベティの発言に首を傾げた。
殺人鬼が一々殺した人間を、覚えている筈が無い。
現にぼく達がそうだ。ぼく達の誰1人として殺した相手を、何日も覚えている人はいない。
特にラーベスト兄弟は断トツだ。5分後くらいには、綺麗さっぱり忘れている。

男は眼鏡を掛け直すと、不気味に口角を上げた。


「嗚呼、この間作品にした男の子かな。あの子は良い声で啼いていたよ。
...生きたまま小腸を取り出して、丁寧に...蝶々結びしていた時も、“お姉ちゃん、お姉ちゃん”って。」

「嫌、いや、イヤよッ!!止めてッ!!!聞きたくない!!あ゙ぁあ゙ぁぁあぁ!!!」

「そうか、そうか、あの子は...〝エトワール〟と言ったんだね。
しっかり目立つ様に置いてあげたから、」


泣き叫ぶベティに追い討ちを掛けるように、男は楽しそうに語る。
発狂にまでベティを追い詰めた男は、其の気持ち悪い視線をぼくへ向けた。


「君は啼かなくて、良い子だね...。良い子は嫌いじゃないよ。」

「生憎...ぼくは貴方の様な人は、嫌い。...そう、例えるなら...、殺したいくらいにね。」


男はさぞ楽しそうに笑った。
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