君色パレット
「…ありがと、松嶋」
小百合は、ベンチに腰を下ろす亮人の前に立ち、微笑を絶やさず、赤い頰のまま言った。
彩りの花咲く中庭を縫って、彼女は去っていく。
亮人は名残惜しくその後ろ姿を見送り、完全に見えなくなると大きくため息を吐いて空を仰いだ。
(…俺って、ほんと最低)
空は、まるで原色の絵の具を隙間なく塗り込めたように、真っ青だった。
亮人は下唇を噛み、切ない、なんともいえない余韻を味わっていた。
(…河下が倉井と別れたら、悲しむのはわかっているのに、『別れればいいのに』なんて思うとか、さ…)
喉から漏れかかった声を押し殺し、亮人はほんの少し、口角を上げる。
(…俺は、河下が幸せなら、例え付き合えなくったって良いんだから)
よいしょ、と明るい声を絞り出してベンチから立つと、通学鞄を肩にかけて、小百合が歩んだ道をなぞる。
中庭の花は、亮人を慰めるかのように、優しい風に揺れていた。
(…良かったんだ、これで。この気持ちなんて、俺の中だけで、持っていればいい)
亮人は校舎に入る直後、ふと立ち止まると振り返り、さっきまで座っていたベンチに視線を向けた。
噴水から噴き出る水に阻まれ、そのベンチの全体は殆ど見えない。
紺色のセーラー服が、不意に、目に映ったような気がした。
(――あいつが俺を見ないと
知っていても、それでも、好きだから)
亮人は残る思いを振り切るように扉に視線を戻し、靴箱へ行く。
生徒玄関から外に出ると、誰とも連れ合わず、帰宅の途に着いた。