元教え子は現上司
「なんて言いました? 今」

 二人用の丸テーブル。脇の通路の向かいには、パーテーションで区切られた社員のデスクが並んでいる。すっかり慣れた打ち合わせスペースに腰掛けるなり、瀬崎が目を輝かせて報告してきた。

「受かったんですよ面接! おめでとうございますっ」

 よかったよかった、と瀬崎は肩を震わせた。碧はその様子をぼんやり眺めながら、
「あの」
「はい?」
 ハンカチを取り出して目元を拭う瀬崎に、ぼそっと尋ねる。
「どこに、ですか」
「は?」
「受かったって、あれ? 私、最近なにか受けましたっけ、ほかに」

 あの会社――ウィング・エデュケーション以外に。

 長引く就活生活、同じような書類をいくつも出しすぎて、記憶から零れてる会社もあるかもしれない。そう思って尋ねると、瀬崎はキョトンとした顔で碧を見て、直後ハハッと笑った。

「なに言ってるんです、ウィング・エデュケーションに決まってるじゃないですか」
 ピタリと固まった。
「――――は?」

 受かった? 合格? 
――ということは。

 彼、募集かけてるコンテンツサービス事業部のリーダーなんですが。
 
暁の射抜くような眼差しがよみがえる。

 意味不明なんですけど。帰ってもらえます? 
 
背中を汗が一筋落ちた。
「無理ですごめんなさい」
 そんな言葉が喉の手前までせり上がる。口を開きかけて、その口をギュッと閉じる。後が無い、という現実。同時に数日前の光景を思い出す。目の前で閉じられた扉。

八年前、好きだったひと。
 ――やっぱり無理だ。

碧は笑顔を作って顔を上げた。
「実は」
実家に帰るつもりなんです、と言おうとしたところで、

ウィーンウィーン。
鞄の中で携帯が揺れた。

「あ、どうぞ」
 瀬崎が急いで手を振る。すみませんと言いながら見ると、知らない番号だった。
 どくん、と心臓が鳴って、この間の電話の記憶がよみがえる。

二十八秒しか話してないくせに。

 指先が震えていく。その事実が悔しかった。
「久松さん?」
 ディスプレイを見て硬直する私に、瀬崎がふしぎそうな顔で尋ねる。ハッとして、思い切って通話をタップした。
「もしも」
「お世話になっております。ウィング・エデュケーションの遠野ですが」
 呼吸が止まった。
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