元教え子は現上司
コンビニで缶チューハイを二本とポテトチップスとアタリメを買った。レリビー、レリビーと、うろ覚えのビートルズを口ずさむ。昔、部屋で流れてた無数の洋楽のうちの一曲。発音が悪い、と暁にからかわれた。英語は苦手なのだ。だって私は国語の教師だから。
 ちがう。元、だった。

 もう今日は飲もう、とことん飲もう。
コンビニの袋がガサガサと鳴る。いっそう大きな声で歌う。一メートル先で信号がチカチカと点滅して、急げば間に合うけど走りたい気分じゃなかったから諦めた。
 立ち止まった。

 ボォォォ。
車が数台目の前を通り過ぎていく。テールランプと信号の赤。夜に混ざり合ってきれいだった。店を出たのが八時時前だから、人通りも多い。会社帰りのサラリーマンやOLのほかに、小学生や中高生も目立つ。そうか、夏休みだ、と気がつく。

 毎年夏は忙しかったな。

部活用の鞄を肩に提げた高校生を見ながら思い出す。予備校が一番忙しい時期は夏休みだ。普段から通ってる子に加えて、体験教室も受け付けている夏季講習に入ってくる子が多い。講師たちは皆お昼休憩も無いままに、授業から授業を渡り歩く。
 あと、なによりあの一大イベントが――と思い返して、それは嫌な記憶と直結していくから遮断する。

 立ち止まってると、じわりと背中に汗が滲んでくる。昼間の熱を吸収した大気が、洗濯機でかき混ぜられたようにぐわりとうねって湿っている。ぜんぜん涼しくならない。生ぬるい風を頬に感じながら、ふたたび思う。

さっき会った彼らも、夏の時期を毎年励ましあいながら乗り切った同志だった。
 
ガサリ、とコンビニの袋が音をたてる。涙は出てこなかった。感情は一周回ってふしぎと凪いでいた。

大丈夫、大丈夫。

忘れていけるはずだ。泣いてうずくまっていたら誰かが助けてくれる時期はとっくに過ぎた。

ひとりでも大丈夫。

ふーっと息を細く吐く。横の信号が点滅した。青になる。歩き出そうとして、

グイッ。

腕を引かれた。

「なにしてんですか」

 驚いて振り返った先には、暁が立っていた。
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