元教え子は現上司
「……そっちこそ」
少しの時間差で、ようやく言葉が出た。両脇に立っていた人たちが歩き出して、横断歩道の向こう側からも人が歩いてくる。川の中の小石のように、碧と暁だけがその場で止まっていた。

 暁はサッと手をほどくと、視線を下に向けた。
「歓迎会って言って、歓迎するひともいないのにいても意味ないじゃないですか」
 そうだね、ごめんと言いながら、ふつうに話していることに感動していた。向こうから来たサラリーマンにぶつかって肩があたった。人の邪魔になるとわかってたけど、歩きだしたら「それじゃ」と行ってしまいそうで動けなかった。

 もうすこし、このまま話してたい。

暁が信号を見る。まだ青のままだ。
「何線ですか」
山の手、と呟く。一緒に帰れるんだろうか。暁はなにも言わず横断歩道を渡る。信号が点滅し始めて、慌てて後に続いた。

 駅へと向かいながら並んで歩く。まだ状況が信じられず、幻でないことをたしかめるように暁の横顔を盗み見る。なんだかこんなことばかりしている気がするなと思いながら。

 淡々とした横顔は、なにを考えているのかわからない。
 碧の腕をつかんだ手は熱かった。
 追いかけてきてくれたのかな、と一瞬期待してしまったけど。

 そんな、まさかね。
 心の中で呟く。

 立ち並ぶ居酒屋やコンビニの明かりで周囲は白っぽい明りに照らされていた。暁はまだ若いからこういう灯りの下で見ても見た目が崩れない。碧は自分がそうは見えないことを知っている。汗でよれたファンデーション。落ち窪んだ目元。だけどもういいや、と開き直っていた。
あんな場面を見られて、今さらほかに何を恥じろというんだ。
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