元教え子は現上司
数日後。パソコンに向かってメールの返信をしていた碧は、久松さん、と呼ぶ声に顔を上げた。
暁が席から立ち上がって鞄にパソコンを詰めながら、こちらを見ていた。
「メールした件だけど、資料印刷してくれましたか」
碧は慌てて過去のメールを探った。まだ取引先や社内の人の名前と顔も一致してないから、メールがどんどん溜まっていって、未読マークがなかなか消えない。おそらくこのなかに暁のメールも埋まってる。
「すみません」
ひとつひとつクリックしてメールを開封してると、正面でユナも立ち上がって鞄を肩にかけた。
「リーダー、間に合う~?」
二人で出かけるんだろうか。ホワイトボードを見ると、やっぱり解読不能な字が欄を無視して書かれている。かろうじて十一時に出ることだけはわかった。今、十時五十分。
「ひぃちゃん早く~」
ユナが急かしてくる。目を凝らしてパソコン画面を見るも、慌てるほどにわからなくなる。同じメールを二回開封して舌打ちしそうになっていると、
「遠野君」
フカミンがにっこり笑うと、ホチキス留めした資料の束を暁に手渡した。
「これでしょ?」
「そうです。ありがとうございます」
暁が資料をパラパラと見て頷く。席に着いたフカミンに、碧は頭を下げた。
「すみません」
フカミンは例のセーラー服のフィギュアの手をつかんでひらひら動かしながら、いいえ~と朗らかに笑う。碧もつられるようにほっと笑みを浮かべた。同い歳の先輩は、思っていたよりずっと頼りになった。
「久松さん」
声に振り返る。暁が声と同じくらい冷たい目をして見ていた。
「子どもじゃないんだから、あまり深見さんに迷惑かけないでくださいね」
「…………っ」
その通りなのでなにも言えないでいると、ユナが椅子をデスクにしまいながら暁に言った。
「リーダーもう行くよっ」
「待って、パス」
暁がクリアファイルにまとめた資料をユナに放り投げる。ユナは放物線を描いて飛んだ資料を両手で受け止めると、
「あっぶないなぁ」
文句を言うユナに、暁は鞄を持って歩きながら返した。
「でも取れたでしょう」
そう言ってニヤリと笑う。
「しょーがないなぁ」
ユナも首を傾けながら笑った。いつもの可愛いだけの笑顔じゃなくて、少し小生意気にも見える表情。信頼してるからこそ見せる顔、そんな気がした。
二人が並んでフロアを出て行くその後ろ姿を、碧はじっと見ていた。
はぁっ。ため息が出る。
大嫌い、と言われて以来、暁との溝はさらに広がった気がした。
椅子に座りなおして正面に向き直ると、フカミンがニヤニヤ笑ってこっちを見ていた。
「……なんですか」
フカミンは、なんでもない、と笑いながら、手元のフィギュアを引き寄せる。
「ねぇ、やっぱりさぁ、パンチラくらいさせた方がいいかなぁ」
フィギュアのはいてるミニスカートを覗き込むように人形を逆さにする。
「この問題ができたらセーラー服脱いじゃいます、みたいな。僕だったら俄然やる気になると思うんだけど」
「保護者からクレーム来るとおもいますよ……」
フカミンはやっぱりー? と笑ってそれ以上はなにも言わない。突っこまれなかったことを内心ありがたく思いながら、この人は見た目よりずっと大人なのかもしれないと思った。
暁が席から立ち上がって鞄にパソコンを詰めながら、こちらを見ていた。
「メールした件だけど、資料印刷してくれましたか」
碧は慌てて過去のメールを探った。まだ取引先や社内の人の名前と顔も一致してないから、メールがどんどん溜まっていって、未読マークがなかなか消えない。おそらくこのなかに暁のメールも埋まってる。
「すみません」
ひとつひとつクリックしてメールを開封してると、正面でユナも立ち上がって鞄を肩にかけた。
「リーダー、間に合う~?」
二人で出かけるんだろうか。ホワイトボードを見ると、やっぱり解読不能な字が欄を無視して書かれている。かろうじて十一時に出ることだけはわかった。今、十時五十分。
「ひぃちゃん早く~」
ユナが急かしてくる。目を凝らしてパソコン画面を見るも、慌てるほどにわからなくなる。同じメールを二回開封して舌打ちしそうになっていると、
「遠野君」
フカミンがにっこり笑うと、ホチキス留めした資料の束を暁に手渡した。
「これでしょ?」
「そうです。ありがとうございます」
暁が資料をパラパラと見て頷く。席に着いたフカミンに、碧は頭を下げた。
「すみません」
フカミンは例のセーラー服のフィギュアの手をつかんでひらひら動かしながら、いいえ~と朗らかに笑う。碧もつられるようにほっと笑みを浮かべた。同い歳の先輩は、思っていたよりずっと頼りになった。
「久松さん」
声に振り返る。暁が声と同じくらい冷たい目をして見ていた。
「子どもじゃないんだから、あまり深見さんに迷惑かけないでくださいね」
「…………っ」
その通りなのでなにも言えないでいると、ユナが椅子をデスクにしまいながら暁に言った。
「リーダーもう行くよっ」
「待って、パス」
暁がクリアファイルにまとめた資料をユナに放り投げる。ユナは放物線を描いて飛んだ資料を両手で受け止めると、
「あっぶないなぁ」
文句を言うユナに、暁は鞄を持って歩きながら返した。
「でも取れたでしょう」
そう言ってニヤリと笑う。
「しょーがないなぁ」
ユナも首を傾けながら笑った。いつもの可愛いだけの笑顔じゃなくて、少し小生意気にも見える表情。信頼してるからこそ見せる顔、そんな気がした。
二人が並んでフロアを出て行くその後ろ姿を、碧はじっと見ていた。
はぁっ。ため息が出る。
大嫌い、と言われて以来、暁との溝はさらに広がった気がした。
椅子に座りなおして正面に向き直ると、フカミンがニヤニヤ笑ってこっちを見ていた。
「……なんですか」
フカミンは、なんでもない、と笑いながら、手元のフィギュアを引き寄せる。
「ねぇ、やっぱりさぁ、パンチラくらいさせた方がいいかなぁ」
フィギュアのはいてるミニスカートを覗き込むように人形を逆さにする。
「この問題ができたらセーラー服脱いじゃいます、みたいな。僕だったら俄然やる気になると思うんだけど」
「保護者からクレーム来るとおもいますよ……」
フカミンはやっぱりー? と笑ってそれ以上はなにも言わない。突っこまれなかったことを内心ありがたく思いながら、この人は見た目よりずっと大人なのかもしれないと思った。