元教え子は現上司
 体が、やじろべえのように右に左に揺れる。物理的な意味で。高さのちがうヒールで歩くたびに、ガックンガックンと体が揺れた。足首は腫れて痛いし、歩きづらい。いろんなストレスで肌年齢も三歳は進んだ気がする。まさに満身創痍だ。
 
 道なりにアパートが見えてきて、こめかみの汗をぬぐった。夕方過ぎでも気温は一向に下がらない。今夜も蒸し暑くなりそうだった。

 きょろ、と辺りを見る。アパートの周辺は住宅街なので、この時間は特に人通りもない。

 だれも見てないし、いいや。

 思いきって靴を脱いでみる。高さのちがうパンプスを片手にぶら下げて、通りを歩く。少しは涼しいかとおもったら、アスファルトはまだ熱を残してる。とはいえ火傷するほど熱いわけでもないので、そのまま歩いて帰ることにした。

 気分がよくなったわけでもないけど、この間と同じ歌をうたう。レリビー、レリビー。発音も下手な上に音程まで不明瞭。今の碧のように、メロディもいびつに傾いて揺れる。
 歌いながらアパートの階段をゆっくりと上がりながら、
 
 私は暁と会えてよかったんだろうか? 

 考えてもしょうがないことを考える。
 暁。小川。男たちの顔が脳裏に浮かんでは消える。神様はこの夏、碧にあらゆる過去を清算させようとでもしてるんだろうか。

「ごきげんだね」

 声に足が止まる。
 アパートの廊下。部屋のドアの向かい側の柵にもたれかかって、小川が微笑んでいた。
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