元教え子は現上司
暁はつかつかと碧のもとにやってくると、碧の両脇の下に手を差し入れて立ち上がらせた。

「なにやってんだよ」

 暁は険しい顔で碧を見下ろしていた。まだ呆然としている碧から小川に視線をやると、ふたたび碧に背を向ける。
 碧を背中で隠すようにして怒鳴った。
「今すぐ帰れ。これ以上彼女になにかしたら、警察をよぶ」

 のろのろと起き上がった小川は、めがねの位置を直しながら暁を見て、次に碧を見た。目が合って、おもわず身を引く。鼓動が脅えたように打ち鳴らされて、体の震えはまだ止まらなかった。

 小川は黙ったまま立ち上がると、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。碧がびくっと身じろぎすると、暁が碧のすぐ前に立つ。今度は、はっきりと碧を守ろうとしていることがわかった。それでも混乱と恐怖から、暁のそんな態度も意識の上を滑っていく。

小川はすれちがいざま、ちらりと暁の向こう側から碧を覗き見た。その目に笑みはなく、驚くほど冷えて見えた。打ち鳴らされている心臓が止まりそうになる。
こんな顔をする人だったんだと、今さらに思い知る。

 小川の足音が完全に消えるまで、碧はその場を少しも動くことができなかった。
 やがて物音が消えて、辺りに静寂が訪れる。安堵で全身の力が抜けそうになったとき、暁が険しい眼差しのまま振り返った。

「全部話してください。いいですね」
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