元教え子は現上司
 その日の夕方、暁が言った。
「聞いてください。突然だけど、今日で会社を辞めることにしました」

 セーラー服のフィギュアをひっくり返して構想に励んでいたフカミンと、鏡を見ながら前髪の流れ方を気にしていたユナが顔を上げた。
「え、なにそれ?」
「嘘でしょリーダー!」
 碧はなにも言えず、俯いてパソコンのキーボード辺りに視線をやっていた。

「本当です。いきなりのことで申し訳ないですが、後任はとりあえず深見さんにお願いして」
「遠野君!」
 珍しいほど鋭い声で、フカミンが立ち上がった。
「……冗談だよね」
 暁はなにも答えず、じっとフカミンを見つめる。お互い無言のまま数秒が過ぎ、先に視線をそらしたのはフカミンだった。

 フカミンは無言のままフロアを出て行った。碧はおもわず立ち上がって暁を振り返る。暁はユナから質問攻めを受けながらも、その視線はフカミンを追っていた。
 ガタン。
 碧は椅子を押しやり、フカミンを追った。



 社内の休憩所とされている自動販売機周辺にも、外階段にフカミンはいない。途方にくれていると、ユナからLINEが来た。

 たぶん屋上

 キャラクターが親指を突き立てているスタンプ付き。ありがとう、と返信を打つ。
 業務連絡がLINEというのも悪くないかもしれない。そう思って少し心が緩んで、それでも笑うことはできなかった。フロアを出て行ったときのフカミンの横顔は、たしかに傷ついていた。
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