元教え子は現上司
 馨は数秒、呆けたように扉を見ていた。やがてゆっくりと振り返る。碧を振り返るその目にもう涙はなかった。頬に貼りついたパーマの髪がゆっくりと剥がれ落ちていく。

 碧と馨は互いをじっと見つめあった。どちらの顔にも笑みはない。
 
 このひとがいたから、自分の居場所がなくなった。
 だけど、今の自分があるのもきっと、このひとがいたからだ。

 ふしぎな関係だ。こういうのも運命と呼ぶんだろうか。

「三十過ぎてからの女の就活は大変ですよ」

 碧の言葉に、馨は少しだけ目を見開いた。
「せいぜい苦労してください、お嬢様」
 笑ってそう言うと、馨も表情を和らげた。
「私は八年もかけないであの人を手に入れてみせます」

 だって結婚してるんだもの、きっと有利よね。

 薫はそう言って、微笑みながら目尻に浮かぶ涙を拭った。
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