元教え子は現上司
暁は眠る碧を見つめていた。目元に、連日の疲れからか浅黒い隈がうっすらとできている。白い肌に浮かぶそれに手を伸ばしかけ、起こすかもしれない、と思いなおし手の向きを変える。掛布団の端から、なにも身につけてない肩と形のきれいな鎖骨がはらりとはみ出ている。布団の端を引き上げ裸の肌を覆ってやると、むずがる子どものように身じろぎして、体ごとこちらへと向けてくる。
いとしい。かわいい。
言葉ではなく心で感じて、無意識にさらに身を寄せると、碧の緩んだ両手の拳が暁の胸元近くに置かれた。その指先を見て、目元が緩む。
起こさぬよう触れるのをためらっていたことを忘れて、指先をそっとなぞる。細くて白い薬指に光る、真新しい銀色の環(わ)。暁の左手にも、同じものが嵌っている。
この部屋がまだ空っぽだったあの日、碧にプロポーズした。あれから三ヶ月。二人で選んだ布団にくるまって、暁が使っていたベッドサイドテーブルを脇に置いて寝ている。大型量販店で買うのに少し揉めたカーテンを捲って朝を迎えて、碧が持っていたコーヒーサーバーで二人分のコーヒーを淹れる。揃いのマグカップは結婚祝いに深見とユナからもらったものだ。新しいものと古いものとに囲まれて、そうやって二人で暮らしている。
でも、まだまだ忙しい。
布団の向こうにあるダイニングテーブルには、ノートパソコンとバラバラと積まれた書類が横倒しになった空のペットボトルと一緒に並んでいる。その後ろ、壁の隅にはまだ開封してない暁の荷物が、ダンボールに詰められた状態のまま置かれている。
新しい取引がはじまって、また忙しくなった。その一方で新生活をはじめて、小さな喧嘩も何度かした。お互い疲れてる。だけどやらなきゃいけないこともある。思い返せばなんてことのない理由なんだけど、その時はお互い変に真剣に言い合ったりして。
おとな同時の恋愛は、先生と生徒だったときと違う意味で大変なんだと知る。
八年前、喧嘩なんてほとんどしてなかった。碧が折れてくれてたのかもな、と無防備に眠る顔を見つめて思う。
二人でいるときは、先生と生徒じゃなかった。あおい、さとる、と呼び合っていた。当時だって碧を守ってやりたいと思ってたけど、実際守られていたのは自分の方だった。袴木に見られた時だけじゃない。なんてことのない顔をして、笑って暁を許す。そんなことが他にもあった。
そうだ、あのときだって。
眼裏に浮かんだのは今より少しあどけない顔をして笑う碧だった。センセイなんだから、もっと怒ればよかったのに。
でも、ああやって笑う碧だから、俺はきっと――。
そっと絡めた指先から、碧のいつもより高い体温が伝わる。そのぬくもりに誘われるように、暁もいつしか瞼を閉じていた。
いとしい。かわいい。
言葉ではなく心で感じて、無意識にさらに身を寄せると、碧の緩んだ両手の拳が暁の胸元近くに置かれた。その指先を見て、目元が緩む。
起こさぬよう触れるのをためらっていたことを忘れて、指先をそっとなぞる。細くて白い薬指に光る、真新しい銀色の環(わ)。暁の左手にも、同じものが嵌っている。
この部屋がまだ空っぽだったあの日、碧にプロポーズした。あれから三ヶ月。二人で選んだ布団にくるまって、暁が使っていたベッドサイドテーブルを脇に置いて寝ている。大型量販店で買うのに少し揉めたカーテンを捲って朝を迎えて、碧が持っていたコーヒーサーバーで二人分のコーヒーを淹れる。揃いのマグカップは結婚祝いに深見とユナからもらったものだ。新しいものと古いものとに囲まれて、そうやって二人で暮らしている。
でも、まだまだ忙しい。
布団の向こうにあるダイニングテーブルには、ノートパソコンとバラバラと積まれた書類が横倒しになった空のペットボトルと一緒に並んでいる。その後ろ、壁の隅にはまだ開封してない暁の荷物が、ダンボールに詰められた状態のまま置かれている。
新しい取引がはじまって、また忙しくなった。その一方で新生活をはじめて、小さな喧嘩も何度かした。お互い疲れてる。だけどやらなきゃいけないこともある。思い返せばなんてことのない理由なんだけど、その時はお互い変に真剣に言い合ったりして。
おとな同時の恋愛は、先生と生徒だったときと違う意味で大変なんだと知る。
八年前、喧嘩なんてほとんどしてなかった。碧が折れてくれてたのかもな、と無防備に眠る顔を見つめて思う。
二人でいるときは、先生と生徒じゃなかった。あおい、さとる、と呼び合っていた。当時だって碧を守ってやりたいと思ってたけど、実際守られていたのは自分の方だった。袴木に見られた時だけじゃない。なんてことのない顔をして、笑って暁を許す。そんなことが他にもあった。
そうだ、あのときだって。
眼裏に浮かんだのは今より少しあどけない顔をして笑う碧だった。センセイなんだから、もっと怒ればよかったのに。
でも、ああやって笑う碧だから、俺はきっと――。
そっと絡めた指先から、碧のいつもより高い体温が伝わる。そのぬくもりに誘われるように、暁もいつしか瞼を閉じていた。