エリート室長の甘い素顔
「え!?」

 悠里はバッと勢いよく手元を見る。

 大谷もそれに驚いて、つられて下を向いた。

 父の手が、いや正確には指先が、悠里の服の袖口に引っかかっている。

(え……たまたま?)

 だがよく見ると、たしかに父の指先は微かに動いていた。


「お父さん!」

 慌ててナースコールを押す。

 マイク越しに『どうされました?』という看護師の声がして、悠里は「父の手が動きました!」と叫んだ。



 診察した医師からは、手術後の脳の腫れが引いてきたことによる回復の兆しだと言われた。

 父の出血は左側に多くみられたので、右半身は麻痺したままの可能性が高いが、左半身はリハビリすれば少しだが回復する可能性があると言われた。


 涙が止まらない悠里の肩を抱き、背中を撫で続けてくれた大谷は、帰り際再び父の傍に寄ってその顔を覗き込んだ。

「末長くよろしくお願いします、お父さん」

 父は応えなかったが、悠里はもし元気だったら、父は一体なんと答えたのだろうかと考えて、首を傾げた。


 帰り道、ずっと考え続けていたら大谷に笑われた。

「そりゃ当然反対なんじゃねーの? 10も年上のバツイチ子持ちだぞ? さっきのも、きっと怒ったんだよ。目の前でそんなことさせてたまるかってさ」

「ええ~?」


 父にはちゃんと自分たちの存在が認識できていたのだろうか。

 だとすれば、こんなに嬉しいことはない。

< 105 / 117 >

この作品をシェア

pagetop