エリート室長の甘い素顔
「なぁ……お前、結婚は?」

 何気ない聞き方に、また胸が痛む。

 そんな風に、何でもないことみたいに聞かないでよ――

「……したほうが、いいんですかね?」

 逆に聞き返すと、大谷は苦笑いを浮かべた。

「失敗した俺には、なんとも言えねぇな……」

 悠里は一瞬、見合いのことを話してみようかと考えた。

 だがすぐに考え直す。「いいんじゃないか」などと軽く言われたら、多分今日中には立ち直れない。


 こんなに近くにいても、大谷が悠里の気持ちをどう受け止めるのかはわからない。

 たとえば告白して迷惑だと思っても、大谷は上司として適切に、表面上は今までと何も変わらず接してくれるだろう。
 そういう意味での信用はしている。


 それよりも、この長年の想いを諦めて消し去らなくてはいけなくなった後の自分が、どうなるかわからない。

 この胸の中に何も残らなくなってしまいそうな自分が怖い。


 この七年間、悠里の仕事に対する情熱は、いつも大谷への信頼と憧れと共にあった。


 結局のところ、自分はただ怖いだけなのだろう。

 この想いを遂げる勇気も、手放す度胸もない、ただ臆病なだけのちっぽけな存在なのだ。

< 13 / 117 >

この作品をシェア

pagetop