エリート室長の甘い素顔
 仕事中の大谷の態度は気安く、なんでも適当に受け流しているようにも見えるが、周囲の人間に対しては分け隔てなく目と気を配っている。

 困ったときはすかさずフォローが入るし、問題はその時々において最善だと思われる形で解決される。

 だが、酒が入ったときは別だ。

 一家の大黒柱といった頼もしい雰囲気が、それこそ呑んだくれの兄ちゃんといった感じに崩れる。
 『兄貴』的ポジションは変わらないが、酔っぱらうとそれこそ後輩たちのおふざけをまるっと引き受けて一緒になって馬鹿騒ぎをし始めるのだ。

 このノリのよさが好きな後輩たちは彼を本当に慕っていて、悠里はいつも一歩引いてその騒ぎを眺めているだけなのだが、その時間はいつもとても楽しかった。


 14階のフロアに降り立つと、大谷が「さっきのは気にすんなよ」と言った。

「え……?」

 悠里が思わず足を止めると、大谷は背を向けて先を歩きながら呟いた。

「お前に面倒みてもらおうとは思ってねぇよ」

(それって……)

 変な気を起こすなっていう、牽制……?


 大谷が秘書室入口のICロックを解除して振り返る前に、悠里はなんでもない顔をして彼に追いつき、促されるまま先に中へ入った。

(気が付かないで)

 背後の大谷を振り返ることができない。

 大谷の何気ない一言は、さっきまでの浮かれていた気分をあっという間にズタズタにして吹き飛ばした。

 油断したら泣きそうだ。でもそれを大谷に気付かれるわけにはいかない。


「あいつらからメール来たら、転送するわ」

 そう言われて、悠里は振り返らずに黙ってうなずくと、そのまま自分の席に戻った。

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