エリート室長の甘い素顔
 雪枝おばさまの好意を無下にしてきたつもりはない。
 だが結婚には興味を持てなかったし、今の自分には仕事より大事だと思えるものがない。

 新年早々重たい気分で出勤する羽目になり、悠里は大きなため息を吐いた。


 大学に勤める父がダイニングに顔を出すのと入れ違いに、朝食を食べ終わった悠里は席を立った。

 去年から地元の区役所で働き始めた弟は、朝はギリギリの時間まで寝ている。
 悠里が出勤した後に起きてきて帰宅する前に寝てしまうから、仕事が始まると悠里は弟と顔を合わせることがない。

「ごちそうさまでした」

 そう声をかければ、父も母も穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。

 歯を磨き、化粧をする。

 鏡の中の自分を見て軽くため息を吐く。
 肩より少し下になるくらいまで伸びた髪は、真っ黒なストレート。
 昔からヘアゴムで結ってもいつの間にかスルッと抜けてしまうほど頑固で融通のきかない髪。
 持ち主の性格そっくりだ。


 玄関のドアを開ければ頬と耳にピリピリと痛むほどの冷たい空気があたって、悠里は思わず肩を竦めた。

「寒っ……」

 ドアを閉めて、耳が半分被るようにマフラーを巻き直すと、悠里は駅に向かって歩きはじめた。

< 3 / 117 >

この作品をシェア

pagetop