エリート室長の甘い素顔
 悠里は姿勢を正すと、正面から大谷の顔を見てうなずいた。

「残念ながらそんな予定は……」

 ありません、と言おうとしてふと悠里は安藤の存在を思い出した。

(万が一そうなっても、彼は共働き希望だし……)

 悠里はその時、初めてリアルに考えた。

 自分さえその気になれば、彼と結婚する可能性は充分にあり得るのだと――


「おい」


 ものすごい深刻な声が響いて、悠里はハッとする。

(あれ?)

 大谷の顔が本気で怖い。

 眉間に深い縦ジワを寄せて、大谷はこちらを睨んでいた。

「な、なんですか? 私何かしました?」

「……何もしてない。してないが……今、お前何を考えてた?」

「は?」

(何をって……)


「ちょっと! 大谷さん注文は?」


 横からおばさんのデッカい声が響いて思考が中断された。

 二人ともそこでやっと気が付く。

 そういえば、まだ注文をしていない――


「いつもの!」

 大谷がそう言うと、おばさんはニッと笑って「はいよ。焼き魚二つ!」と厨房に向かって叫んだ。


(あ~あ……とうとう『いつもの』になってしまった)

 悠里はまた軽くため息を吐いた。


 大谷が怖い顔をしたまましばらくじっと自分を見つめていたことに、悠里はうつむいていたせいで気が付かなかった。

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