エリート室長の甘い素顔
 悠里が飲み会で隅にいるのはいつものことである。

「大谷さんこそ、主役がこっちに来ちゃダメですよ」

「いいんだよ、あいつら俺をダシにして騒ぎたいだけなんだから」


(そんなことないと思うけど……)

 みんな大谷と話したいのだ。

 営業部時代とは違い、管理職としていつも秘書室に籠もっている。
 会議以外で外に出ることはめったにない。


 隣に座った大谷から、馴染みのある香りが漂ってきた。
 昔から変わらないほんのうっすら香るだけの男性向けコロン。

 いい加減に見えてきちんとしている。
 そして大雑把で豪快なようで繊細――それが、悠里から見た大谷の印象だ。


(意外とわかってないって……なんだろう?)

 こっそりと大谷の顔を窺い見ると、目が合って悠里はドキッとした。


「お前さ……」

「はい?」


 動揺して軽く声が裏返ってしまう。

 こういうところが、わかりやすいと言われてしまう所以かもしれない。


 そこに、いきなり桑名が飛び込んできた。

「大谷さーん! 次、何飲みますかー?」

 桑名は幹事のくせに、すでにホロ酔い状態だ。
 だが、それもいつものことである。


「俺はまだあるから。松村、お前は?」

 大谷に言われて手元のグラスを見れば、すでに温くなりかけたビールが三分の一ほど残っていた。

「あ、はい。じゃあウーロンハイで」

「りょーかーい! 店員さーん! ウーロンハイひとつー!」

 桑名が馬鹿デカい声で叫ぶ。ホロ酔いどころか既にかなり回っていそうだ。

「ねぇ松村ちゃ~ん、大谷さんといつ結婚するのぉ?」

「は?」

 桑名が悠里の横に座った途端、突拍子もないことを言い出した。


(みんなして、一体なんなの?)

 夕べの母といい、河野といい、さらに桑名まで――


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