エリート室長の甘い素顔
09
 暖かい店の中から出てきたのと、少し走って酔いが回った状態のせいか、外の寒さが余計に沁みた。

 日が落ちた後の冷え込みはまだまだ厳しい。

 ぐすっと鼻を軽くすすって、悠里はコートの襟元をぎゅっと合わせた。


(逃げ出してきちゃった……)


 見合いのことを大谷に知られていたのは、ショックだった。

 でもそれよりも、あの大谷の言葉が痛い。

 なんでもないことみたいに、『上手くいってんのか?』なんて――


(もう今まで通りになんて……無理かも……)


 ふいに安藤から最初に言われた言葉を思い出す。


 ――『期限を設けてもいい。あなたが彼に告白するまでというのはどうです?』

 ――『この際、彼と僕を徹底的に比較してみてください。あなたはご自分にとって良いと思うほうを選べばいい』


 大谷に告白すれば、嫌でもこの気持ちに決着はつくだろう。

 でも、それでダメだったから安藤の手を取るというのは間違っている気がする。

 だからといって今のまま中途半端に付き合い続けても、安藤と結婚するという決断ができるかは分からない。


「自分のことなのに……難しいなぁ……」

 駅に向かってとぼとぼ歩きながら、悠里は一人ぼそっと呟いた。

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