エリート室長の甘い素顔
 社屋14階の役員秘書室に悠里の机がある。
 時間が早く、エレベーターでは誰とも乗り合わせなかったが、これもいつものことだ。

 秘書室は入退室がICチェック式になっており、社員証をリーダーに翳してその都度鍵を開ける。

 中に入ると、誰もいないと思っていた秘書室の向こう正面、部屋の奥中央にある室長席に大谷が座っていた。


 椅子の背もたれにがっぷりと寄りかかって足を組み、ふんぞり返った状態でこちらを振り返る。

「おう、松村。早いな」

 人を食ったような表情を浮かべ、ガタイのいい身体を窮屈そうにスーツに包んだ姿は、悠里にとっては長年見慣れたものだ。

 秘書室に異動してくる三年前まで、悠里は営業部にいた。
 大谷は悠里が入社した当時、配属された営業部の係長だった。

 それから一年経たないうちに課長に昇進した大谷は、さらにその三年後に秘書室長となる。

 その一月後、まるで追いかけるように秘書室へ異動した悠里は、入社してから今まで、ほぼ間断なく大谷の部下として共にいる。


「明けましておめでとうございます」

 そう挨拶すると、大谷は気安い笑みを浮かべて組んでいた足を下ろした。

「ああ……おめっとさん。なぁ、松村。昼の予定は?」

 大谷のこれは昼食の誘いだ。

 悠里は「ちょっと待ってください」と答えて席に着くと、パソコンの電源を入れ、直属の上司であるエリックのスケジュールを確認する。

< 5 / 117 >

この作品をシェア

pagetop