エリート室長の甘い素顔
「松村……」

 ふと、大谷の顔が近付く気配がした。

 悠里はさっきから跳ね上がりっぱなしの鼓動が、さらに一段と大きく飛び跳ねるのを感じる。

「な、なんです、か?」

 発した声は完全に裏返ってしまった。

 やっとのことで顔を上げれば、驚いた表情を浮かべる大谷と目が合い、悠里は頭が完全に真っ白になる。
 何をどうしていいか、全然分からない。


 すると大谷は突然おかしそうに笑い出した。

「お前……っ、どんだけ……」

 くっくっく……と肩を大きく揺すりながら笑っている。

 悠里が混乱して「えぇ?」と情けない声を漏らすと、大谷はいきなり腕を伸ばして、悠里の肩を強引に抱き寄せた。

「は? あの、えっ!?」

 大谷の広すぎる胸に埋もれて、悠里はまともに息もできない。


 そのまましばらくの間、悠里は大谷に強い力で抱きしめられていた。

 ようやく腕の力を抜くと、大谷は静かに呟いた。


「帰るか……家まで、送ってく」


 タクシーの中で、悠里はちっとも静まらない鼓動を感じながら、ずっとうつむいていた。

 肝心な言葉は何も言わないくせに、悠里の手を握りしめて離さない大谷の熱にあてられて、他に何かを考える余裕がない。


 地下鉄を乗り継げば時間のかかる家までの距離も、車だとすぐだった。

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