エリート室長の甘い素顔
   ***

 14階の秘書室に戻り、自分の席に着く。

 大谷もいつもどおり出勤して、いつもどおり席にどんと構えている。
 そして態度は普段と全く変わらない。
 ほんのこれっぽっちも。

 目が合おうが、歩いててすれ違おうが、まったくいつもどおりだ。


 昨夜の大谷の行動の意味を、悠里が考えないわけがない。

 むしろ、夜もあまり眠れず、そのことばかり考えていた。


(私の気持ちは完全にバレてるはず……)

 そのことは昨日の態度で確信できた。

 その上で大谷は、悠里を抱きしめ、手を握り、週末に会いたいと――そう言ったのだ。


 大谷は思わせぶりな態度を取るような男では決してない。

 そのことを悠里自身がよく知っているからこそ、期待の気持ちが膨らみ続けて困っている。


 自分の気持ちを受け止め、受け入れてくれるつもりなのだと……そう思っていいのだろうか――?


「おい、松村」

「はいっ!」


 ふいに大谷から呼ばれて、反射的に返事をする。

 顔を上げると、大谷は自席にはおらず、いつの間にか悠里のすぐ近くに立っていた。

「わっ、え? なんですか?」

 それに全く気付いていなかった悠里は、思い切り狼狽えた。

 周囲の人間も、どうしたのかとこちらを見ている。


「落ち着け、松村。昼の予定は?」

 大谷はしれっとそう尋ねる。

「あ、えと……空いてます」

 悠里はまともに呼吸をしていなかったためか、急に息苦しさを覚えた。

 深呼吸を繰り返しつつ、おそるおそる顔を見上げると、大谷はほんの少しだけ目を細めてうなずいた。

「じゃ、昼な」

 そして何事もなかったかのように席に戻っていく。


(心臓が止まるかと思った……)


 こんな風に誰かの言動に右往左往するなど思春期のとき以来で、悠里はこのままでは来週末まで身が持たないかもしれない……と深いため息を吐いた。

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