エリート室長の甘い素顔
 少し前までは、悠里はグループ秘書の一員として大谷の目の前の席に座っていた。
 今はエリック・ダルシ――我が社の専務取締役兼最高マーケティング責任者(CMO)――の専任秘書に就いている。

 グループ秘書と、取締役以上に付く専任秘書たちの机の並びは離れている。

 昇進したのはいいが、大谷と席が離れてしまったことは地味に痛かった。
 そのせいか、そこそこ頻繁だった昼食の誘いも久しぶりだ。


(やった、空いてる!)

 顔を上げてうなずくと、こちらをじっと見つめていた大谷も口端に笑みを浮かべた。


 その顔にドキッとする。

 大谷の笑みはいつでも悠里の心の琴線に触れる。

 この特別な想いを自覚したのは、いつのことだったろう。
 もう思い出せないほど前のことだ。

 長年降り積もった気持ちは口に出せないまま埋もれていき、腐ることもできないまま固まって、そのうち化石にでもなってしまいそうだ。


「じゃあ、昼飯な」

 そう言って新聞を広げた大谷は、お茶を飲みながらまた椅子の上にふんぞり返って足を組んだ。

(新聞読むためにこんな早く来たの?)

 普段の大谷は、いかにも前日に飲み過ぎたといった風情で、遅刻こそしないがのんびりと出勤してくる。


 しばらく観察していたが、いかにも退屈して時間を持て余しているようにしか見えなかった。

 悠里は肩を竦めると、気を取り直して今年最初の仕事に取りかかった。

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