エリート室長の甘い素顔
   ***

 二人でスロープを下りて、水槽の前に立つ。

 ペンギンを見つめる安藤の表情がいつもよりずっと楽しそうで、悠里も思わず笑ってしまう。


 ちょうど下りきったところで、水槽の中にいた複数の飼育員が大量のペンギンを誘導し始めた。

「ん?」

 二人そろってそれに目を向けて、安藤は何かに気付いたように呟いた。

「あ……そろそろだ」

(そろそろ?)


 するとちょうど悠里たちが下りてきたスロープの手すりが切れる場所に、従業員がやってきてロープを張り始めた。

 スロープは塞がれて、人が通れない状態になる。


「ここね、もう少ししたら上からペンギンが歩いて下りてくるよ」

「えっ!」

 スロープの頂上を見上げたが、さすがにまだ出てこない。

 安藤に腕を引かれて、ちょうどスロープの出口脇に陣取って待つことになった。


「見たかったんだよね、これ。前ここに来た時は混んでてタイミングが悪かったんだ」

 悠里はくすっと笑って、安藤の隣で一緒にペンギンを待った。


 しばらくすると、悠里のすぐ隣に一人の女の子が駆け寄ってきた。

「早く早く~っ、ペンギン出てきちゃうよぉ~!」

 その子が後ろを振り返り、呼ぶ声に答えた男性の声に、聞き覚えがあった。

「お前、さっきまでつまんねぇってボヤいてたのはなんだったんだよ」


(この声、まさか……)


 驚いた悠里が真横を振り返り、その女の子の視線の先に目をやると、よく見知った顔が面倒くさそうな素振りで歩いていた。

 普段のスーツとは違い私服で、一瞬イメージの違いに戸惑う。

 セーターにジーンズとスニーカー、その上にカジュアルめなコートを羽織り、少し髭の伸びた様子は、いかにも休日のお父さんといった雰囲気だ。


「大谷さん……」

 悠里が無意識にそう漏らすと、すぐ目の前に立つ女の子がパッと振り返った。


「ん? ……お姉さん、お父さんの知り合い?」

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