エリート室長の甘い素顔
11
「松村……?」


 理子の言葉に顔を上げた大谷は、悠里の姿を見て驚きに目を見開いた。

 呆然としたまま互いに見つめ合っていると、悠里の背後から安藤が遠慮がちに小さく声を掛けてくる。

「悠里さん……もしかして、例の?」

 悠里はハッとして安藤を振り返った。

「あ……えっと……」

 思いもよらない偶然に、頭の中は真っ白だ。


 だが視界の端に映った理子の姿に、すぐに頭が冷える。

「あの、理子ちゃん、初めまして。お父さんの部下の松村です」

 悠里がすこしだけ前屈みになって目線を合わせ挨拶すると、理子はにっこりと可愛らしく笑ってペコリと頭を下げた。

「理子です。お父さんがいつもお世話になってます」

 すると、やっと近くまで寄ってきた大谷が驚いたように眉を上げて言った。

「おお。なんだよお前、まともな挨拶できんじゃねーか」

 理子は自慢げに胸を張る。

「そりゃそうだよ。いくつだと思ってんの」

 そのやり取りがおかしくて、悠里も思わず微笑んでしまう。


「偶然だな……知り合いか?」

 大谷は顔を上げ、口元に笑みを浮かべつつ、目は鋭く悠里の背後に立つ安藤を見ていた。

 悠里は理子の手前、あくまで会社の部下としての顔を崩さないよう気を張った。

「はい。友人の安藤さんです。安藤さん、上司の大谷さんとこちらは娘さんの理子ちゃん」

 悠里が振り返ると、安藤は柔らかく微笑みながら軽く頭を下げた。

「こんにちは。理子ちゃん、ペンギン好きなの?」

 唐突に安藤は理子にそう話しかけ、理子はきょとんとして軽く首を傾げた。

「下りてきたらここから手を伸ばせば、ペンギンに触れるかもよ」

「え! ほんと?」

 途端に理子は反応し悠里の脇をすり抜け、安藤の横の手すりに飛びついた。

 安藤は悠里に軽く目配せをすると、理子と一緒にスロープの上を見上げながら、色々とペンギンに関する知識を披露する。
 すると理子も含む周囲の人間がそれとなく安藤に近づき揃って耳を傾け始めた。

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