エリート室長の甘い素顔
 人込みに押されて後ろに下がった大谷と悠里は、安藤と理子の後ろ姿を見ながら苦笑を浮かべる。

「あいつ、ペンギン博士か?」

「なんか、すごく好きみたいです。最後に付き合ってほしいって言われて」

 大谷が微かに眉根を寄せる。

「最後?」

「彼、お見合いの相手です。でも会うのは今日が最後のつもりで……」

 言い訳じみた話になってしまい、悠里はうつむいて肩をすくめた。

 理子に聞かれないようにと、自然に声が小さくなってしまう。

「そうか。颯介の同級生なんだろ?」

「はい……あっ、お見合いの話って宮村さんから?」

 悠里が気付いてそう尋ねると、大谷は軽くうなずいた。


 しばらく黙ったまま並んで立っていたら、理子が「あーっ」と声を上げてこちらを振り返る。

「ペンギン! 下りてきたよ~っ」

 大谷と悠里もスロープを見上げ、10羽近いペンギンが飼育員に誘導され、ペタペタと歩いて下りてくるのを見つめた。

 理子は大興奮で、安藤も顔は見えないが手すりに身を乗り出さんばかりになっている。

 大谷のほうを横目に見たら目が合ってしまい、悠里は慌てて視線をペンギンに戻した。


「……何見てるんですか」

 照れ隠しに少しむくれた声を出せば、大谷は小声で「お前の顔」と返す。

 悠里はぐっと息を詰まらせ、急にゴホゴホとむせた。

「大丈夫か?」

 大谷がなんだか楽しそうにそう聞いてくるので、悠里は冷静になるために「ちょっと失礼します」と言って、一人踵を返しトイレに向かった。

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