エリート室長の甘い素顔
 ペンギン行進のおかげか、人は少ない。

 洗面台の鏡に映る真っ赤に染まった自分の顔を見ながら、悠里は大きなため息を吐いた。

(やっぱり会うとダメ……)

 最近の大谷の何かを吹っ切ったような言動に、必要以上に振り回されている気がする。

 この想いは長年一方通行で、それがあたり前だったのに――


 トイレを出て戻れば、ちょうど理子が手すりから懸命に手を伸ばして目の前のペンギンに触ろうとしていた。

 飼育員が手助けして、実際に触れた理子は「うわ~つるつる!」と感心したように言い、触ったその手の匂いを嗅いで「魚臭~い」と笑った。

 そのすぐ傍で大谷も笑っていて、悠里はホッとする。

 安藤に目をやれば、彼もこちらに気付いて優しい笑みを見せた。

 悠里が一歩踏み出すと、安藤のほうがその場を離れて近付いてくる。


「僕はもう満足しました。帰りましょうか」

 そう言われて、悠里は「もっとゆっくり見なくていいんですか?」と聞き返したが、安藤は満足げに微笑んでうなずいた。

 少し距離のあるところから大谷を振り返れば、彼もこちらに気付いて軽く手を振る。

 悠里と安藤も軽く頭を下げてその場を後にした。

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