エリート室長の甘い素顔
   ***

 家まで送ると言った安藤と共に、典型的な下町の風景の中を歩く。

 子どもの頃寄り道した商店、昔からある八百屋、そしてコロッケが絶品の肉屋――

 なんとなしに説明しながら歩き、家に近付いてくると、なにやら周囲がざわついている。

 わざわざ玄関から出てきて様子を窺う近所の人たちに、嫌な予感が湧き上がった。


「なんだ?」

 安藤が眉根を寄せる。
 その顔には緊張が見て取れた。

 そこへ通りかかった二軒隣のおばさんが悠里の顔を見て慌てて叫んだ。


「悠里ちゃん! 大変よ、あんたのお父さんがっ」


(お父さん――?)


「なんですか? 父が?」

 無意識におばさんの腕を掴むと、おばさんは一瞬気の毒そうな顔をして言った。

「倒れて救急車来てたよ。さっき出て行ったけど」


(救急車……?)

 慌てて家に向かい走り出した悠里の後を、安藤も追いかけてきた。


 角を曲がると狭い道にさらに人が増えた。

「すみません、通して!」

 悠里が叫ぶと、ほとんど顔見知りばかりの人垣が綺麗に割れた。

「悠里ちゃんだ」

「悠里ちゃん! たった今お父さん運ばれてったよ」

「お母さんが付いてった」

「弟くんが、まだ家にいるよ」

 皆が口々に情報を教えてくれる。

 悠里は「ありがとうございます!」と言って家の中に駆け込んだ。

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