エリート室長の甘い素顔
「あの……実は週末に父が倒れて……具合が、良くなくて……」

 そう言葉を紡ぎながら、悠里は大谷の目を見つめて涙ぐむ。

 大谷の大きくて力強い手に支えられて、ずっと気を張り続けてきた悠里の気持ちが崩れ出した。

「もう、立ちあがることも……しゃべることも、できないかもしれなくて……」

 下を向いた途端に涙が流れ出して、悠里はスーツのポケットに入れていたハンカチを強く握りしめる。

「ごめんなさい……こんな、泣くつもり……」

 涙声でそう言うと、大谷は掴んでいた悠里の腕を自分のほうに引き寄せた。

「馬鹿野郎、こんなとき泣かなくていつ泣くんだよ」


 悠里の額が大谷の胸板に軽くぶつかる。

 大谷の手は悠里の腕を離れて、そっと背中に回された。

 慎重に、おそるおそるといった感じで腕の中に抱きしめられる。


「大丈夫だ。俺にできることは、なんでもしてやる」


 悠里は驚いて目を見開く。

 そしてその言葉になぜか救われたような気持ちになった。


 今、父はもちろん母も参っており、家の中はぐちゃぐちゃだ。

 父のこれからのこと、家の経済的な状況、そして自分と弟の仕事のこと――

 これまで想像もしていなかった問題が起きて、それがいきなり両肩にのしかかり、どこからどう手を付けていいのかわからない。


「大谷さん……」

「大丈夫だ、松村。とりあえず仕事の心配はいらない。家のことも困ったことがあれば、なんでも言え。俺がなんとかする」

 長年の信頼に裏打ちされた言葉に、悠里は心の底から安心感を覚えた。

< 72 / 117 >

この作品をシェア

pagetop