エリート室長の甘い素顔
(私を好き……?)

 凪のように落ち着いた安藤の瞳にも言葉にも、熱さは感じられなかった。
 触れられた手も、なぜかひんやりとしていて冷たい。

 でも細く骨ばった、神経質そうな手はとても綺麗だ。
 悠里と比べればやはり大きくて、男性らしい形をしている。


「返事は、もう少しお家の状況が落ち着くまで待ちます。あなたの気持ちがあの人の元にあることも分かっています。弱みにつけこむ、ずるい男だと思ってくれて構いません」


 戸惑いを隠せない悠里に、安藤はふっと優しく微笑みかけてから手を放した。

 こんな時なのに、安藤がゆっくりと立ち上がり向かいのソファへ戻る、その立ち居振る舞いもひどく美しい。



 その時、玄関の鍵を開ける音がして「ただいまー」という久しぶりに聞く母の明るい声が響いた。

「安藤さん、まだいるー?」

「いるよほら、靴あるじゃん」

 母と弟の声が続けて聞こえてくる。

 ハッとして顔を上げれば、安藤も玄関のほうを振り返って苦笑を浮かべてみせた。

「あ~いたいた! 買い物してきたの、無駄にならなくて良かった」

 リビングに入ってきた母は、大量の買い物袋を抱えている。安藤の顔を見るなり、嬉しそうに笑った。

「安藤さん、お見舞いありがとうございました。この間のお礼だから、夕飯食べていってね」

「うわ、ねえちゃん。テーブル散らかしっぱじゃん! 片付けろよ~」


 悠里は二人の明るい様子に面食らう。

 今朝方まで、死にそうなほど暗い顔をしていたのに――

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