エリート室長の甘い素顔
 家に戻ると、ずっと機嫌の良い母から、早く風呂に入るよう言われる。

 風呂の支度すら、母がしてくれるのは久しぶりのことだ。

 たとえほんの一時でも、父が倒れる前の母に戻ってくれたことは、本当に救いだった。

 母さえしっかりしてくれるなら、悠里も弟もちゃんとした仕事があるし、何とかやっていける。


 各自が部屋に戻り、悠里もやり残した仕事の続きをしていたら、ポロロンとメールの着信音が鳴った。

 画面を見ると大谷の名前が出ており、悠里は目を丸くする。

(え? メールって……初めてじゃない?)

 大谷は用事があれば直接電話をかけてくる。
 用事がなければ連絡そのものがないのが普通だ。


 少し緊張しながらメールを開く。

 すると画面には『宿題は終わったか?』という一言だけが表示された。
 タイトルすらない。

(これ、理子ちゃんに送り間違えたとかじゃ……)

 悠里は眉根を寄せて少し悩んだ。


 おそらく悠里が持ち帰った仕事のことを宿題と言っているんだろうと解釈して、返事をどうしようか考える。

(今、何してるんだろう……)

 本当ならこの週末は、大谷と会う予定だった。

 父のことで、大谷にも負担をかけている。

 だからせめて週末頑張りたいと言って、仕事を持ち帰ったのだ。
 あの約束はうやむやになったまま。


 悠里はなんとなく本文に打ち込む。

『会いたい』

 正直な気持ちだった。

 約束したあの晩、大谷が伝えてくれようとした気持ちの、続きを聞きたかった。


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