エリート室長の甘い素顔
「大谷さん」

 駆け寄ると、大谷は苦笑いしながら手を伸ばす。

「さみぃ……お前、会いてぇならもっと早く言えよ」

 そう言いながら、大谷はいきなり悠里を強く抱きしめてきた。


「え、大谷さ……んっ……!」

 大きな身体が覆い被さってきて、強引に唇を塞がれる。

 休日の、住宅街で人がほとんど通らない小さな駅の出口。

 それでも、こんなところでまさか急に――


(熱い……)

 外で凍えていたはずなのに、大谷の身体は熱かった。

 頬に触れる太くて武骨な指先も、重なる唇も、何もかもが熱い。

 唇を押し開いて入ってきた舌が、悠里のそれを絡め取る。

 初めて感じる大谷の欲望の気配に、悠里は全身の震えが止まらなかった。

「はぁ……んっ……」

 ようやく離れた唇が、再び押し付けられる。

 大きな口に、唇をまるごと吸い尽くされそうな感覚を覚えた。


「松村……来い」


 嵐のようなキスで力の抜けてしまった足がもつれる。

 大谷の腕に腰を抱えられながら、悠里も大谷の身体にしがみついた。


 大谷は通りを流れるタクシーを拾うと、そこに悠里の身体を押し込んで、自分も後から乗り込んできた。

 おそらく大谷の家の住所だと思われる地名を伝えると、彼はまたあの晩のように悠里の手を強く握る。


 悠里は先ほどのキスで感じた愉悦の余韻と、これから自分が飲み込まれようとしているもっと大きな嵐の予感に包まれ、目が眩んだ。


 顔を上げることは出来なかった。
 でも握られた手の熱さに引き込まれて、悠里はギュッと目をつむり、大谷の肩に頭をもたれた。

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