エリート室長の甘い素顔
「大谷さん……好き」

 今初めて、悠里はその言葉を口にした。

「ああ……知ってる」

 大谷は笑ってそう答えた。

 だが、悠里は何度も首を横に振る。

「わかってないっ……私が、どんなに……」

 声に涙が滲んだ。


 大谷は宥めるように悠里の背中を撫でて、首すじに顔を埋める。

「いつも言ってんだろ。お前はわかりやすいんだよ。わかってねーのは、俺じゃなくてお前だ」

(私……?)

 怪訝に思いながら大谷の顔を見ると、その表情を窺う間もなく、また唇を奪われた。



 事が終わると、愉悦の名残でぼんやりとしたまま大谷の腕の中に囲われる。
 悠里は涙でグチャグチャになった目元を手で拭って、大谷の胸に頬をすり寄せた。


「松村……お前、いつまでいられる?」

 ふいにそう聞かれて、悠里は急速に襲われた眠気に逆らいながら目を瞬いた。

「え? あ……ここに?」

「見舞いとか、家のこととかやらなくちゃならねーんだろ?」

 悠里は少し考えて、夢うつつに答えた。

「……本当は、家族が起きる前に……でも……離れたく、ない……」

 大谷の腰に腕を回して抱きつくのと同時に、意識が薄れた。


 悠里はもうこの辺の記憶も曖昧なまま――


 大谷は暗闇の中、眠りに落ちた悠里の身体を抱きしめながら、一人目を丸くしていた。



< 89 / 117 >

この作品をシェア

pagetop