エリート室長の甘い素顔
   ***

 携帯に、母からの着信が山と入っていて、悠里は大谷のアパートから折り返す。

 今、大谷は悠里と入れ代わりにシャワーを浴びていた。

 時間は午前10時を回ったところだ。


『悠里! あなた今どこにいるの?』


 いくらいい歳をした娘といえど、休みの日に行き先も告げずに出掛けたりはしないので、いなくなって心配したらしい。

「ごめんね。もう少ししたら帰るから」


『昼過ぎに雪枝おばさまが来るって。それまでには帰ってね。今こっちはお父さんの病院よ。お父さんの様子は変わりないわ』


「ん、わかった」

 悠里は、簡単に返事をして通話を切った。

 変わりがないことが、いいのか悪いのかわからない。
 でもまだしばらくの間は、父は病院にいてくれる。


 病院にいる間は、こうして大谷とプライベートで会う時間くらいは作れる。

 だが退院し、自宅での本格的な介護が始まれば、そうはいかなくなるだろう。

 母一人に背負わせるわけにはいかないから、平日仕事をする分、休みの日には替わらねば――


 そう考えて、悠里は昨夜からあえて目を逸らしてきた事柄に目を向ける。

 ――結局、避けては通れないのだ。


 浴室から出てきた大谷は、まだ濡れたままの髪をタオルで拭きながら、下着一枚の姿でウロつき始めた。

(……いつもこんな感じ?)


 大谷の、自分とは作りからして違うような大きな体躯に、悠里は見惚れる。

 こんな姿も、生活している部屋も、ここへ来なければ見られなかった。

 大谷がどんな風に自分に触れ、どんな風に愛するのか――知らないほうが良かったとは決して思わない。


(たとえこれが最後になっても……)


 悠里はまた滲み出そうになった涙を堪えて、大谷に気付かれないように、軽く鼻を啜った。



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