エリート室長の甘い素顔
 電車で帰ると言ったのに「俺が払うから」と言ってタクシーに放り込まれる。

 なぜか一緒に乗り込んできた大谷は、家のすぐ近くで悠里だけを降ろすのかと思いきや、なんと一緒に降りてきてしまった。


「何……するつもりですか?」

 さすがにここまで来れば、悠里にも大谷の意図がなんとなくわかって、身体が震えた。

「お前の家に行く」

「行って……どうするの?」

「決まってんだろ。挨拶だよ」

「挨拶?」

「……挨拶っつーか、まあ要は頭下げに行くってことだけどな」


 肝心なところがわからない。

 あいかわらずハッキリとは言わない大谷に、悠里は苛立ちを感じた。

「なんのために?」

「お前と一緒にいるためだ。いいから行くぞ」

 強引に手を引いて歩きだす大谷に、悠里は逆らう。

「ちょっ、待って! 私、何にも言われてない!」

 泣きそうになりながら訴えると、大谷は家の前でようやく足を止め、ため息を吐いた。

「……離れたくないっつったのは、お前だろ。それにお前がグダグダ迷うの待ってても何にも変わらねぇんだよ! 俺はとっくに腹括ってんだ」


 まさかと思いながらも、信じきれずに悠里は問いかける。

「だから、何を……?」

 すると大谷も苛立ちながら眉根を寄せ、悠里を睨みつけた。

「バカかお前は! 結婚だ! それ以外にここまで来る理由ねーだろ」

 いきなり怒られて、悠里は驚きながらも反射的に言い返した。

「バカって酷い! そもそもプロポーズもしないでいきなり挨拶って、普通あり得ないでしょ!」


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