蕾の妖精たち
 毎日、出席を取り、翠川がクラス担任としての職務に没頭していた。

 生徒たちも文化祭や体育祭を経ることで、最初の頃の硬さが取れ、翠川に心を開いた。


 そんなある日、ついに相川幸乃の方から、翠川に話掛けてきたのである。

 それは放課後の校庭を歩く翠川を、幸乃が呼び止めたのだ。

 別に翠川は幸乃を避けていた訳ではなかった。

 しかし、自然と何かを話し掛けようという気にはなれなかった。


「翠川先生」


 そう、名前を呼ばれて、翠川は幸乃の方に振り返った。


「どうかしたか?」

「ご相談があります」

「相談?」

 いつもの無機質な声ではなかった。

 幸乃の生暖かい体温を感じる。

「いいよ。じゃあ、相談室に行こう」

「はい」

 相談室に入るまで、二人に会話はなかった。

 黙々と歩く幸乃を背に、翠川は、居心地の悪い時間を過ごした。

 幸乃の強い視線を感じるのだ。

 それは、逃げ出したいくらいに翠川を緊張させる。


 相談室は小さな部屋だった。

 クラス担任になり、翠川も初めて使う部屋だ。

 机が一つ、そしてそれを挟むように椅子が二つ設置された、簡素なものだった。


「さあ、掛けて」

 幸乃は黙って椅子に腰掛けた。

 翠川も椅子を引き、腰を掛けた。
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