蕾の妖精たち
「相談事って、何かな」

 幸乃を前に、汗でびっしょりになっていること、翠川は気付いた。

 一直線に見つめる幸乃の眼差しを反らし、ハンカチを額やこめかみに押し当て、手の中に丸めた。


「先生、私、まだ追われているんです」

「追われている?」

「私を強姦した男です。四年前に先生が助けてくれなかったら、犯人だけが逃げて、きっと私、直ぐにでも死んでいました」

「……やはり、僕の事を覚えていたんだね」

「はい」

「それでその男が、刑務所から出てきて、また、君に付き纏っているというのかい?」

「はい」


 それは有り得なかった。

 翠川が捕まえたのは、その頃に同じ大学にいた四年生、斉藤和志。

 ストーキングが趣味で、片想いが募ったのであろう。

 彼は三年の懲役刑を受けたのだが、突然、獄中で首を吊り、自殺したのだ。


「本当にあの時の男なのか? 間違いじゃないか」

「いえ、いつも影が近付いて来るんです。もう怖くって、怖くって……」

 幸乃は話しながら、両腕を押さえて震え出した。


「先生、お願いです。私のことを見ていてくれませんか。今から家に帰ります。その間だけでいいんです」

「しかしだな」

「警察は何も動いてはくれません。あの時だって、私は警察に、何度も何度も助けを求めたんです」

「そうだったのか」

「それなのに、私は犯され、それから警察が動いた。だから、本当に助けてくれた先生しか、私は信じられないんです」
< 17 / 41 >

この作品をシェア

pagetop