蕾の妖精たち
 あの事件以来、こんな風に幸乃と会話をする事になろうとは、翠川には予想だにしなかった。

 考えた末、翠川は折れた。


「分かったよ。今日の帰り道、相川を見ていればいいんだな」


「お願いします」


「ある意味、僕がストーカーまがいだな」


「先生にしか、私を守れないんです」



 ◇



 結局、二十メートル程離れて、翠川は幸乃の帰宅に付き合った。


 陽は落ち、夕方から夜になる。

 相川幸乃の後姿から伸びた影が消える。


 何も起こらない。

 人影も見えない。


 翠川は、相川幸乃から、片時も目を離さない。


 そんな時、建築中のマンションの横を通っていた時、幸乃は闇へと引きずり込まれた。

 あまりに突然の出来事で、幸乃自身も声をあげる暇もなかったのだろう。

 暗闇での一瞬の出来事で、翠川も、何が起こったのか分からなかった。


「相川!!」


 声がかれて、ちゃんと呼び掛けられなかった。

 翠川は幸乃が消えた場所まで走り出し、建築現場へ足を踏み入れた。


「どこにいる、相川」


 まさか、本当に誰かに待ち伏せられていたのか。

 この建築現場に誰かいたのか。


 翠川は必死に探した。


「先生……」


 暗闇から声がした。

 目を凝らして確認すると、資材置場の青いシートの上で、相川幸乃が乱れた制服を纏い、横たわっていた。


「大丈夫か。何があった。誰かいたのか」


 問いつめる翠川に、幸乃は自分の唇を重ねた。

 頭が真っ白になった翠川に、幸乃はもう一度唇を重ね、体を押し当てた。

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