蕾の妖精たち
「彼女は僕にしがみついて、泣いていました。私達二人はこの世界で、きっと幸せにはなれない、と。もしそうなら、僕の手で殺して欲しいのだと」


 翠川は、舞子の傍らに立った。

 舞子が翠川の影に、すっぽりと覆われる。


「今回のバスの転落で、既に、29名の生徒と、1名の教師、1名の運転手の、尊い命が失われました。──僕は終わらせなければならなかった。彼女の為にも、自分の為にも……」


「……」


「だから……、だから……彼女が望んだ通り、僕が彼女を止めた。幸乃をキャンプ場の近くにある滝の底に、私がこの手で沈めたのです。結局、彼女の人生は、蕾のまま、終わってしまった……」


「幸乃を、殺した……の?」


 苦しそうな声を発していた舞子が、小さく聞き返した。


「……そうです。滝の底に今も沈んでいます」


「本当?」


「……殺しました」


「……」


「……」


「うふふ……」


「舞子さん?」


「あら、そうなの……ふふ、ウフフ、あははっ」


「どうかしましたか?」


「あの子……いないんだ。もうこの世にいないんだ。フフフ。アハハ。これでようやく、孝之と二人っきりになれるわね」


「舞子さん、僕はこれから、一度教室に戻ってクラスのみんなに詫びるつもりです。それから、幸乃を沈めた滝に行って、自分も後を追って死にます」


「……死ぬう? 死ぬの? アハハハ。何ヘンなこと言ってるの? 滝の底って言ったら、叩きつける水流のせいで浮き上がって来れないのよ。それぐらい、知ってるんじゃないの?」

「……」

「ねぇ、貴方って、気高いつもり?」


 舞子は振り返るなり、近くに立っていた翠川に向かって、そう言い放った。


「それとも……、ただのバカ?」



第四章

「終着点」

完結


< 35 / 41 >

この作品をシェア

pagetop