蕾の妖精たち
 やって来た道の反対側のこの坂を真っ直ぐに下れば、丘の麓に翠川の住む下宿がある。

 翠川は働き口からの帰宅途中であったのだが、それはこの丘をひとつ隔てた所にあった。

 下宿を挟み、大学と仕事場を、泣け無しの金で購入した中古の自転車で、翠川は往復していた。


 夜、短時間に効率よく働き、日中は大学に通う。


 これが翠川に、毎日課せられた大学に通う代償である。


 翠川はまだ所々に雨雲の残った空を見上げ、ひとつ溜め息を付くと、再び自転車に跨った。

 この後はただ、重力に任せればよい。


 ペダルを踏み込んで、緩やかに坂道を下って行く。

 草の香りのする向かい風が、とても心地良かった。
< 6 / 41 >

この作品をシェア

pagetop