蕾の妖精たち
「おい、お前」

 翠川は、咄嗟にそう、叫んでいた。

 自転車を押し倒し、草むらに飛び込む。


 それが異常な事態であることを、翠川は、瞬時に悟った。


「やめろ!」


 空気を掻き分けて走る。
 まだ少女の腹の上にいた男の脇腹を、足の裏で踏み付けるように、思い切り蹴った。

 男は草むらに転がり、醜態を晒す。

 小男だった。

 一瞬、年老いて見えるが、キャンパスのどこかで、見たことのある大学生だ。


 翠川は今度は足の甲で、もう一度脇腹を蹴りあげた。
 男は低いうめき声をあげた後、体を折って蹲(うずくま)った。

 翠川がその男の両手を後ろ手に押さえ、横たわった少女に目を向けたとき、ぼろぼろになった下着を身に付け、白い背中を震わせながら無残にも引き裂かれた制服を胸に、少女は丸まった男の姿を、じっと見据えていた。

 少女はゆっくりと立ち上がると、男の傍らへ自ら近づいた。
 苦悶の表情で少女を見上げた男のその顔面を、少女は白い素足で容赦なく踏みつけた。


「ぐぐぅ、アア……」


 男の悲鳴が洩れる。

 翠川はその一連の様子を、言葉を飲み込み、眺めていた。

 男は草むらに顔を埋(うず)めるほど、少女に踏まれ続けていた。
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