おじさまと恋におちる31の方法
「いらっしゃいませえ……あらっ」
いち早く『話題の小説家』だと気付いたのは、レジスターの点検をしていた響子だった。
というのも、やたらニコニコしている飯村の後ろで、いかにも噛みつきそうな顔をしている紗江がいたからだ。
「閉店間際にすみません。まだ大丈夫ですかね」
「ええ、ええ、もちろんです。お好きな席へどうぞ」
テーブル席へ着く飯村に、響子がなにやら意味ありげな視線を紗江へ注ぐ。
その視線の色はいかにも『やだ、紗江ちゃん!イケメンじゃない!』か『私が恋のキューピッドになるわね!』のどちらか…どちらにしても紗江には不都合な視線だと知ったので、彼女は敢えて響子へ笑顔を返すことはしなかった。
「お冷になります、ご注文はお決まりでしょうか?」
「サンドウィッチを一つ、あと紅茶を」
「かしこまりました」
オーダーを受ける頃になって、ようやくマスターが飯村の来訪に気付いたらしい。
サンドウィッチを作る手を止め、わざわざ飯村のテーブル席へ足を運んだのだ。
紗江はマスターにじと目を送り、「うまく追い返して下さい!」との思いを込めたのだが、明らかに飯村はうわてだった。
「昨日、マスターが仰ってくれたご厚意に甘えようかと思いまして」
ニコニコと笑顔で、しかし確実必殺な一打を先制されたマスターは、あっけなく陥落した。
「店の終わる時間であれば、ご迷惑をあまりおかけしないかと思ってお邪魔したんです」
飯村が続ける。
「あ、ああー…左様でございますか…そうですね、それではもう店も閉店の時間ですし、これから内海を飯村様にお貸ししても…」
「ありがとうございます」
思い切り顔をしかめた紗江に、マスターがなだめるようにヒソヒソと声を潜めた。
「内海さん、そんな顔しないでよ…ほら、話聞いてすぐ終わればそれで済むことだしさ」
そんな言葉を逃げ口上に、紗江の反論を聞く前にマスターは再びキッチンへ戻ってしまった。
「お待たせ致しました、紅茶でございます」
その間、手際良く紅茶を入れていたらしい響子が、湯気をたたえるカップを一つテーブルに置いた。
それを見るなり、飯村は自分の前から紅茶カップを移動させる。
自身の向かいの席へ。
「さ、お座りよお嬢さん。
紅茶でも飲みながら話そう」