おじさまと恋におちる31の方法
突っ立ったままの紗江に、飯村は更に手を差し出す。
「ほら、立ったままじゃ話も出来ないだろ?何もお嬢さんを取って食う訳でもない」
「…………」
まるでわがままな子をなだめるような口振りに、紗江はようやく飯村の真向かいのソファへ座り込んだ。
相変わらず彼は柔らかい笑顔で、敢えて相手に警戒心を抱かせない雰囲気を作り出しているようだった。
毎週木曜日。
この席へ座っている飯村をただ眺めている時は「知的だわ」とか「品がある」とか好き勝手に妄想していたものだったが、いざこうして真向かいに座ってみると、足はくたびれたサンダル履きで、どうにも食えない飄々とした雰囲気を知る。
紗江の魔法が解けたみたいだ。
「じゃあさっそくだけど。自己紹介しようか」
「…………いつものノート、出さないんですか。取材でしょう」
「ああ、ノート?
そんなの目の前で書かれたら、お嬢さんが話しにくくなっちゃうでしょ」
「……まあ、そうですけど」
「一応お嬢さんにも僕の名刺渡しておこうかな。はい」
テーブルへ出された一枚の名刺。
昨日は気づかなかったが、名刺の端にはちゃっかり連絡先も書いてあるようだ。
「飯村薫。一応小説家。あちこちに文章やら飛び込みのエッセイやらを書いて食いつないでる。
お嬢さんにお願いしたかったのは、楽壇社という出版社から依頼が来ている小説の参考に、若い子の恋する気持ちを教えて欲しいんだ」
「…私、もう若い部類には入らないと思うんですが」
「いくつ?」
「……28です」
「僕より年下なら全員若いよ、ははは」
何だか上手く言いくるめられたような気がして、紗江は唇を尖らせる。
「代表作とか、あるんですか」
ただ何気なく返した疑問は、どうやら飯村の痛いところだったらしい。
彼は紗江の質問を耳にするなり、今までの余裕な笑みを消し去り、苦く笑う。
「ああ……いや、それが」
「…うーん……他人に堂々と言えるようなものはないんだよねえ」と頭を掻く。
まあ、確かにそれでもおかしいことはない。
今や本屋に行けば、名がある小説家からライトノベルの新人まで山のように本が並び、自費出版だって出来る。
小説飽食時代と言っても過言ではない。
紗江は一応、名刺を丁寧に自分の目の前に置いた。
「さて、じゃあ次はお嬢さんね」