おじさまと恋におちる31の方法
「…内海紗江と申します。喫茶店の店員です。特別、人に言えるような特技もありませんので以上です」
流れるようにあっさり終わった自己紹介に、向かいの飯村が苦く笑う。
「えっ、それだけ?もっとこう、いろいろあるでしょ」
彼は更に笑みを深めてカラカラと笑った。
だがこの年齢になって「自己紹介」と改めて言われれば、名前と年齢と職業しか言うべきことはないように思える。
小さい子のように、趣味とか好きなアイドルとか言えば目の前の小説家は満足するのだろうか。
「では飯村さんお望みの、『若い子』の恋愛観でも言えばよろしいですか」
食ってかかる彼女の口調に、飯村は僅かに片眉を上げた。
「実際のところ、私はそんなに恋愛は人生において必要ではないと思います。
あるならそれでいい、だけどなくても構わない。
他人への想いが永遠に同じように続くなんてありえない。
相手の言動や自分の想いに振り回されて自分自身を見失うくらいなら、恋愛なんてしなければいいと思います」
「お待たせしましたー、サンドイッチです」
運ばれたサンドイッチに目もくれず、けれど飯村は頬杖をつき、どこか飄々とした笑みを浮かべる。
「…お嬢さん、過去に何かあったの?」
「いえ、特に。人並みの恋愛をしてきた結果の自論です」
「……ふーん」
「………」
飯村というのは、不思議な男だ。
一見して、誰にでも穏やかそうな雰囲気をしているのに、それでも目ざとくその人の深淵まで見ているようで、全て知った上で口へは出さない。
何とも食えない男に見える。
お嬢さんは年齢の割に達観しているねえ、と飯村が感心するようにうなづいた。
「確かにその通りだ。
最初から最後までピンク色の雰囲気に包まれて終わる恋愛なんて、小説や映画の中ですら存在しない。
そして現実はもっと生々しい。
相手によっては、暴力やモラルハラスメントで心身ともに傷つく人だっている。
そこを考えれば、初めから恋愛なんてしない方が幸せだよねえ」
彼の骨骨しい手が、ローストビーフのサンドイッチをヒョイと掴んだ。
大きく頬張り、そしてまるで「美味しいねえ、このサンドイッチ」とでも言うようにあっさりとこのセリフを言った。
「でも、お嬢さん。それじゃモテないよ?」