おじさまと恋におちる31の方法
それは、少々おせっかいな親切心だった。
休憩室の物音に耳を澄ませ、マスターが当分まだ店先へ出てこないだろうことを予見し、紗江はティーポットへ茶葉を二さじ入れる。
そこへ沸騰したお湯をカップ1杯分…。
『教授』は、いきなりテーブルへやってきた紗江に少々驚いたように目を見開く。
「…これ、よろしければどうぞ。雨宿りの間、ゆっくりなさって下さい」
そう言って、彼女は熱くなったティーポットを彼のカップへ傾けた。
新しく淹れた紅茶は、既に空になっていた『教授』のカップへ並々と注がれていく。
彼の視線が、再び湯気をたたえたカップと店員を交互に見る。
「いいの?君がマスターに怒られてしまうんじゃ…」
「ええ。ですから内緒です」
そう言って歯を見せると、『教授』も同じように悪戯な笑みを作る。
「そう。悪いね、ありがとうお嬢さん」
そのまま滑るように視線を彼の手元へ向けた。
最初に紅茶を運んだ時よりも、ノートは更に緻密さを増していた。
「お仕事ですか」
「ああ、これ?…うん、そんなものだよ」
『教授』は熱い紅茶を一啜りし、先が丸くなった鉛筆をノートの上へ投げた。
いつも遠巻きに眺めていた顔は、紗江が思っていたよりも若いようだ。
「…まあ、一応物書きの端くれで。次回作の構想を考えていたんだ」
「えっ、物書き…?小説家、ですか」
そう外れていなかった予想に、驚く。
けれど彼は「小説家」という響きが意にそぐわなかったようで、苦笑する。
「うーん。小説家というより、あちらこちらで文章を書いてぎりぎり食い繋いでる男だな、はは」
マスターが悪戯につけた『教授』というコードネームは、ようやく正否が分かった。
彼が作家だったということに驚くよりも、そのことの方がどうも可笑しくて、彼女は笑い声を必死で歯の奥で噛み殺した。