おじさまと恋におちる31の方法


「まあ、しかし。
この店には、学生も多く来るんじゃないかと思っていたんだけど…。
安心したよ、自分と同じような年代のお客さんが多くてね」


『教授』はそう言って笑みを重ねたが、反対に紗江の表情は苦くなる。

そうだろう。
大学生のような若い子は、きっとこのような『古き良き喫茶店』はまだ性に合わないことは彼女にも分かる。


駅前のオシャレなカフェに大学生が集まっているのを想像し、彼女は咳払いをして自分の固い笑みをひっこめた。


ともかくも、マスターのこだわりが他人にも届いているのだけは分かった。

果たして功を奏しているのかいないのか。それはまだ分からないが。



「ありがとうございます、ご贔屓にして頂いて」


定型的な謝辞に、『教授』は笑みだけで答えた。

そして一秒。
長めのまつげをふいに伏せて、呟く。

「想い出の場所によく似ているんだ」と。


彼は、今まで見せていた穏やかな笑みとはまた味を変えた、少し嘲笑を含んだように口端を上げた。
まるで自分の若さゆえだった愚行を懐かしんでいるような、そんな笑みだ。


彼の想い出の場所が、この喫茶店とどう重なっているのか。
そこに好奇心がそそられなかった訳ではない。

けれどやはり紗江は喫茶店の店員で、『教授』はお客さんだ。

超えて良い線など存在しない。



「そうですか、ありがとうございます。どうぞごゆっくり」

紗江は再び一礼し、カウンターへと舞い戻った。

『教授』も『教授』で、客である身分を分かっているらしく、それ以上彼女を引きとめたりはしなかった。


カウンターに舞い戻ったのとほぼ同時、マスターが休憩室から戻ってきたのだった。

「内海さん、まかないを休憩室のテーブルに置いてあるから食べて」

「はい、分かりました」


彼女はそれから、雨上がりを待つ『教授』に軽く視線を合わせ、小さく会釈をしてから休憩室へ入った。

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