夏のわすれもの
「ありがとうございます」

彼女は丁寧に頭を下げた。

「――あ、君…」

呼び止めようとした時には、彼女はもう行ってしまった後だった。

せめて、名前だけでも聞きたかったのに…。

「――バカか…」

そう呟いて、俺はもう1度だけ海に視線を向けた。

失恋した翌日に、新しい恋が始まった。

ムシがいいと言うか、現金と言うか何と言うか――第3者から見たら、都合のいい男である。

けど、現にそんなことがあった男が1人いる。

「――誰なんだろうな、あの子…」

海に言ったって、答えてくれる訳がない。

――そんな俺が彼女の正体を知るのは、今から1年後の話である。
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