結婚前夜ーー旦那様は高校生ーー
もー飲めましぇーん。
タクシーの後部座席で、ヒトデのようにぐにゃりとしていたミドリを無理やり引っぱってアパートまで引きずる。
「ねぇ、家ここであってるの?」
ミドリが最近になって会社の近くに借りたというアパートには一度も行ったことがなく、財布に入っていた免許書の住所を頼りにここまで来た。夏帆だっていい加減飲んでるのだけど、自分よりはるかに酔っぱらった人間がそばにいると、かえって意識がしっかりする。
「もぉいくつ寝ると~」
タクシーから引きずって肩にミドリの腕を乗せると、なぜだか正月の童謡を歌いだした。お互いの汗がべったりと腕や背中に貼りついてえらいことになってる熱帯夜には似合わない歌だ。
「もぉいくつ寝ると~! もぉ飲めましぇ~ん!」
「うるさいうるさい」
頭にガンガン響く歌に辟易しながらミドリを抱え歩く。行儀良く飲めるタイプじゃないのは知ってたけど、それにしても今夜はひどい。きっとあの、くっついたり別れたりをくり返してる彼氏とうまくいってないんだろう。こう見えて親友は傷つきやすいのだ。
「ほらミドリ、家着いたよ」
アパートの前まで来ると、ミドリはピタッと歌うのをやめた。そのまま夏帆から離れてふらふらと歩き始めるので、慌てて後を追う。
「ミドリ、大丈夫」
らーじょうぶらーじょうぶ。
歌うような口調で、ミドリは蛇行しながらアパートの一階を突っ切っていく。一番端のドアまで行くと、鞄から無言で鍵を探し始めた。相変わらず焦点の合ってない目だけど、動作は意外にしっかりしてる。帰巣本能という奴だろうか。
ここまで見届ければ、大丈夫だろう。
安心して帰ろうとすると、
「あれぇ?」
ミドリが鍵を鍵穴に差しこみながら首を捻った。こちらを向いて、
「かぎ、あかない~」
子どものような口調で言う。夏帆は眉間にシワを寄せて歩み寄った。
「なにそ――」
皆まで言うより早く、ミドリはドアノブをガチャガチャ回し出した。
「だれか入ってますかぁ」
「ちょっと、トイレじゃないんだから」
慌てて駆け寄る。ミドリは片手でドアノブを引っぱりながら、ドアをドンドン叩き始めた。深夜だというのにおかまいなしだ。
まずいよ、もう夜中なんだよ。言って聞かせる前に、
「うるせぇ!」
バン、と目の前のドアが開いた。勢い良く開いたドアに、ミドリがおもいきり鼻先をぶつける。
いったぁ~い。
ミドリが情けない声をあげてその場に座り込むのを、夏帆は呆気に取られて見ていた。
半分ほど開いたドアの向こうに、背の高い少年が立っていた。Tシャツ一枚、下にはハーフパンツをはいている。おそらく今まで寝ていたんだろう。不機嫌そうにミドリを見下ろし、それからゆっくり視線を夏帆に向けた。形のきれいな目が、夜目にも光って見えた。
「だれ、あんたたち」
それが出会いだった。
タクシーの後部座席で、ヒトデのようにぐにゃりとしていたミドリを無理やり引っぱってアパートまで引きずる。
「ねぇ、家ここであってるの?」
ミドリが最近になって会社の近くに借りたというアパートには一度も行ったことがなく、財布に入っていた免許書の住所を頼りにここまで来た。夏帆だっていい加減飲んでるのだけど、自分よりはるかに酔っぱらった人間がそばにいると、かえって意識がしっかりする。
「もぉいくつ寝ると~」
タクシーから引きずって肩にミドリの腕を乗せると、なぜだか正月の童謡を歌いだした。お互いの汗がべったりと腕や背中に貼りついてえらいことになってる熱帯夜には似合わない歌だ。
「もぉいくつ寝ると~! もぉ飲めましぇ~ん!」
「うるさいうるさい」
頭にガンガン響く歌に辟易しながらミドリを抱え歩く。行儀良く飲めるタイプじゃないのは知ってたけど、それにしても今夜はひどい。きっとあの、くっついたり別れたりをくり返してる彼氏とうまくいってないんだろう。こう見えて親友は傷つきやすいのだ。
「ほらミドリ、家着いたよ」
アパートの前まで来ると、ミドリはピタッと歌うのをやめた。そのまま夏帆から離れてふらふらと歩き始めるので、慌てて後を追う。
「ミドリ、大丈夫」
らーじょうぶらーじょうぶ。
歌うような口調で、ミドリは蛇行しながらアパートの一階を突っ切っていく。一番端のドアまで行くと、鞄から無言で鍵を探し始めた。相変わらず焦点の合ってない目だけど、動作は意外にしっかりしてる。帰巣本能という奴だろうか。
ここまで見届ければ、大丈夫だろう。
安心して帰ろうとすると、
「あれぇ?」
ミドリが鍵を鍵穴に差しこみながら首を捻った。こちらを向いて、
「かぎ、あかない~」
子どものような口調で言う。夏帆は眉間にシワを寄せて歩み寄った。
「なにそ――」
皆まで言うより早く、ミドリはドアノブをガチャガチャ回し出した。
「だれか入ってますかぁ」
「ちょっと、トイレじゃないんだから」
慌てて駆け寄る。ミドリは片手でドアノブを引っぱりながら、ドアをドンドン叩き始めた。深夜だというのにおかまいなしだ。
まずいよ、もう夜中なんだよ。言って聞かせる前に、
「うるせぇ!」
バン、と目の前のドアが開いた。勢い良く開いたドアに、ミドリがおもいきり鼻先をぶつける。
いったぁ~い。
ミドリが情けない声をあげてその場に座り込むのを、夏帆は呆気に取られて見ていた。
半分ほど開いたドアの向こうに、背の高い少年が立っていた。Tシャツ一枚、下にはハーフパンツをはいている。おそらく今まで寝ていたんだろう。不機嫌そうにミドリを見下ろし、それからゆっくり視線を夏帆に向けた。形のきれいな目が、夜目にも光って見えた。
「だれ、あんたたち」
それが出会いだった。