英雄の天意~枝葉末節の理~
◆序ノ章
*かつての情景
世界は魔力(マナ)で充ち満ちていた。
それは至る所、隅々にまで行き渡り、大地に、空に、善き者、悪しき者にその恩恵を与える。
青年は、空を彩る雲の間をかすめる翼竜(ワイバーン)に目を眇めた。
永久氷壁を有する切り立つ山脈を遠くに捉えて窺い知れない表情を浮かべる。
二十代前半だろうか、山吹色の短髪は艶やかで少しの風にもなびくほどに細い。
そして、切れ長の深く青い瞳は眼前の景色に優雅な視線を送る。
中性的でゾクリとするほど整った顔立ちに愁いを湛え、何かを刻み込むように瞼を閉じた。
「刻の流れとは残酷だな」
青年は、草原に広くぽっかりと何かがあった跡を見やり、自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
例え少し不満のある暮らしでも、それがずっと続くと信じていた。
後戻りの出来ない旅路に自分が進んでいただなんて誰が思うだろうか。
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