英雄の天意~枝葉末節の理~
 青みのある灰色のドレスは高級な生地で作られているのか、女が腕を動かす度に大きく開いた袖口が上品に揺れる。

 女はナシェリオがこちらに気付いた事を確認すると、うっすらと笑みを浮かべた。

 黒いヴェールは頭をすっぽりと覆い、詳細な表情までは窺い知れないものの緩いウェーブのかかった黒髪は長く、ちらりと覗く紫の瞳には神秘性が見て取れる。

「麗しい旅人よ」

 ナシェリオは再びの呼びかけにも近づくことなくいぶかしげに女を見やった。

 周囲の雑踏と彼ら二人との間には分厚い壁でもあるかのように、ナシェリオは酷い違和感に包まれた。

「世捨て人となるにはまだ早い」

 唇の動きと呼応するように頭に響く声に片目を眇め、手綱を持つ手に力がこもる。

 そうだ、この雑多のなかにおいて馬の背丈ほども離れている距離で女は声を張り上げることもなく呼び止めた。
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